孤独な夏バテ
夏の本番となり屋内外の気温差に、体が狂わされる日々が続きます。
強烈な寒暖差は身体の自律神経を容易く狂わせて、食欲不振や吐気を与えてきます。
ただぐったりとする体であっても、それでも人はあちらこちらへと急かされ続けます。
欲求と忙しさが2つ同時に発生すれば(あるいはどちらか一方でも)、人は容易に、自らの不調を忘れてしまいます。
身体が危険信号を出していたとしても、脳は興奮によって疲弊を覆ってくれるのです。
ただ、疲弊の隠蔽にも、いずれ限界が訪れます。
眩暈と熱。 冷や汗と吐瀉物。 息苦しさと動悸。
夏バテとひとくくりに纏められる症状は心身に限界を知覚させ、その限界において人は倒れ込みます。自分を想ってくれる大切な誰かがいれば、心身は微かに早く回復するでしょう。
しかし、そうでなければ、長い時間と心の支えが必要となります。
今回は孤独に枯れた心を真正面から描き出して、静かに支えてくれるバンド「透明受胎」を紹介させていただきます!
https://youtu.be/57L7uEmMsrY?si=o1B7seNqoZUMzDPD
ありのままの傷と痛み「透明受胎」
「透明受胎」は、邦オルタナティブ・ロックのジャキジャキ感とノイズ感に、マスロックやエモ的な繊細なアルペジオが混じり、さらにメロコア的な聴きやすさが足された複合的な音楽性をしています。
この取り込まれた音楽ジャンルひとつひとつは、互いを支え合うように絡み合い、複雑性を持ちながらも聴きやすいという稀有な音楽性を確立させています。
夜のガラス瓶のような透き通った音。 心の中で鳴りやまない衝動的な歪んだ音。 これらを表現するギター。 そして、音が壊れないように支えるリズム隊。 互いが互いを支え合うように築かれた「透明受胎」のバンドサウンドは、ダイナミズムに富んでいて、奥行きのある音像を有しています。
この「透明受胎」の特異な音楽性は、人を理解することのもどかしさを表しているかのようです。
7時の電車に無表情で乗っている人々、12時に飲食店で笑みを浮かべながら注文を伺う人々、21時に顔を赤くして居酒屋の前で騒いでいる人々。 彼らの表層的な平静さと、その内面にある無数の傷跡、そして誰もが抱く自らの痛みをそのまま吐き出せない孤独感。
表面的な理解を拒絶しながら、表面的な理解だけが求められることへの苛立ちと罪悪感。 そして一歩でも複雑な内面に入り込もうとすれば、加害性という名の躊躇により歩みは止まってしまう。
「透明受胎」の音楽はそんな他者を理解することへのもどかしさと、それを発生させる現実への憤り、そこに生じる痛みと悲しみと孤独を表情豊かなバンドサウンドで描き切っています。
https://youtu.be/_tukiE82t_c?si=i58-oeRdOOxhbYCn
おすすめ曲
宿命に唾をかけたい
リズミカルなドラム、歪んだギターが織りなす心地良いリフ、楽曲を支えるベース。 それらが混然一体となって轟音を作り出すイントロから始まる楽曲です。
そして、楽器隊が織りなす音の壁は、歌声を際立たせるようにその姿を消します。
音の壁が立ち上がり、歌が始まると同時にその音が霧散する。
このシームレスな音の動きによって、「宿命に唾をかけたい」では楽曲開始から1分も経たずにバンドサウンドの衝動的なエネルギーを味わえます。
また、ギターはサビに向けて煌びやかなサウンドを鳴らし、ドラムとベースはリズムのタメ(サビで飛び上がるためのタメ)を示します。 サビ直前ではすべての楽器が唸りを上げ、サビ突入の一瞬においてイントロで見せたような音の壁を作り上げます。
サビでは各楽器が激しい主張をしながらも、歌を埋もれさせることは決してなく、複雑性と情熱に溢れた音を鳴らしています。
「宿命に唾をかけたい」は緩急が明瞭で、なおかつ緩と急の各区間では邦オルタナやマスロックなどの各ジャンルが混じり合った音が歌を埋もれさせることなく奏でられています。
この旋律と衝動性は歌詞と調和することで、強烈な孤独感が閉じ込められた世界を描き出します。
大切な人を想って、言葉をかけても、相手の複雑な心の奥には届かない。
他者の心を掠めていくだけの言葉しか紡げなかった自分が虚しくて仕方がない。
自分から選んだと自分に言い聞かせてるのに、別れの瞬間はいつまでも心を支配する。
その関係の破綻は誰の悪意でもないのに、いつもどちらかの悪意によるものだと錯覚する。
それが惨めで、虚しくて、痛くて、冷たい。
だからか、一人ぼっちの孤独な部屋で、当然の寂しさに涙を流してみても、それが相手の存在しないはずの悪意で傷つけられた自分だと思えてしまう。
錯覚の痛みに思えて、責任転嫁に思えて、どうしようもなく馬鹿に思えてしまう。
「宿命に唾をかけたい」は、バンドサウンドのダイナミズムとともに、完全には治癒しない人間関係の痛みとその寂しさを味わえます。
https://youtu.be/edYvnIR1pLI?si=S6-ExT189tlxBRLh
いなくなる頃
乾いたギターの衝動的なコードストロークが孤独に鳴らされ、そこにドラムとベースが合わさり荒々しいバンドサウンドが一挙に立ち上がります。
そしてギターの高鳴りとともに、アルペジオを中心とした、きらきらとして、爽やかで、繊細ささえ想起させるようなバンドサウンドに一瞬にして変化します。
一本のギターから、バンドサウンドが立ち上がり、今度は異なる様相を示すサウンドに切り替わる。
この音の急激な転換によってイントロを聴いた瞬間、この「いなくなる頃」という楽曲に鮮烈かつ強烈な印象を覚えます。
この印象は「いなくなる頃」に通底しています。
「いなくなる頃」は、6分という長めの曲です。 ですが、緩急が明瞭な曲展開、急激でありながらも唐突さを感じさせないバンドサウンドの変化によって、曲に対する印象は常に新鮮に保たれ、曲の最後に奏でられる激情的な音の壁に向かって意識が吸い込まれていきます。
「いなくなる頃」は、邦オルタナ、マスロック、シューゲイザー、無数の音楽ジャンルが混然一体となってどこか悲しげな美しさを奏でる楽曲です。
そんな音楽は、人が人の内面を支え合う難しさを描いています。
親密な人間関係が残したわだかまり。
それは人を蝕み、苛立たせ、自暴自棄を覚えさせる。
それでも過去を振り返って関係を見つめなおす。
別れのときに泣いていた美しい人。
完全に別れを別れとして捉えられなかった人。
その人の心にあるのは、内面が複雑に絡んだ依存的な関係性。
社会が見なくても良いと要請する内面の絡み合い。
大切な人を大切に想うほど、その内面に足を踏み入れるほど、その人に依存してしまう。
それだから、大切な人と別れればそのわだかまりが人を蝕む。
そして、それがわかっているからこそ、人は苛立ってしまう。
自分のせいでもなければ、相手のせいでもない、ただ善意が絡み合って生じた関係の難しさに憤ってしまう。
けれど、大切な人の未来が開けるように、せめて相手はこんな煩わしさを抱かなくて済むように祈る。
「いなくなる頃」は複雑な曲展開によって、人間関係の難しさを描いています。
https://youtu.be/EKDhNLD66iw?si=E7TCFCaEoR15_aDa
道先案内
「透明受胎」は、無数の音楽ジャンルの良い部分を取り入れ、美しい歌詞とともに繊細かつ複雑な人間模様を奏でるバンドです。
その音楽性は深みがありながらも、聴きやすく、人の痛みや寂寥感に寄り添ってくれます。
現実にある、ありのままの傷を奏でる「透明受胎」をぜひ聴いてみてください!
https://www.youtube.com/@toumei_jutai_
https://open.spotify.com/artist/1T9UwOZghvVYmV0pi2BxJk?si=Ka0s6TdzRN2QGG0VlSIaBA
https://music.apple.com/jp/artist/%E9%80%8F%E6%98%8E%E5%8F%97%E8%83%8E/1553016671