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現実を含む非現実として「nagareyama righteye」

現実を含む非現実として「nagareyama righteye」

2026.08.30

空想に逃げること

何か大きな失敗をしてしまったとき、何か大きな壁にぶつかったとき、どこかへ逃げたくなるのが人間の常です。

ただ現実は恐ろしく非情で、「逃げたい!」と泣き叫んだところでどこにも人を逃がしてくれません。義務を果たさなければ落伍者という烙印を押され、人から排除されてしまいます。

集団から排除されても心理的な重圧を感じないという人は(この場合の排除というのは、集団から除かれ、なおかつその後も集団に所属することが叶わない徹底的な排除を示します)、いないはずです。

そんな排除の恐怖から、人は懸命に努力します。 非情な現実に対し、義務として挑み続けるのです。

とはいえ、精神にも限界があります。 報われない現実に立ち向かい続けていたら、脳神経が疲弊し、取り返しのつかない影響がもたらされます。

だからこそ、人は空想としての現実に浸ります。 それは文字であり、アニメであり、漫画であり、ゲームです。 押し並べて空想的な二次元平面です。

没入できる空想世界は現実を忘れさせてくれますが、そこに現実性が含まれていなければ、それは恥じらいを催す出来損ないの劇です。

今回は、現実に即した身体性を持ち、現実という世界を含む非現実に没入させてくれる「nagareyama righteye」を紹介させていただきます!

https://youtu.be/0D87q_P82_c?si=21x8k8sqhrYABPti

現実を含む非現実として「nagareyama righteye」

「nagareyama righteye」は、ボーカルにVOCALOIDを据えたオルタナティブな音楽プロジェクトです。

飾らない邦インディーロックサウンドと、ダンサブルなシューゲイズサウンドから構成される「nagareyama righteye」の楽曲は、特有の冷たい鋭さと温い切なさ、甘い幻想と苦い誘惑を持っています。

そして、不要な要素を削ぎ落とした身体的なサウンドの上には、VOCALOIDの有機的でありながらも無機的な、相反する声が織り込まれています。

バンドサウンドは人間的な身体性を持つ音です。

他方、VOCALOIDの声は数理的演算によって求められた完璧な波です。この2つの相反が調和することで、「nagareyama righteye」の楽曲には、その相反と対応する非現実が開かれます。

この非現実は、現実を忘れさせてくれる甘さを持っています。 その甘さを大きく担っているものがVOCALOIDの歌声です。サブカル的な美少女の声は、切なくて甘美な世界を構築してくれています。

しかし、「nagareyama righteye」はこの空想的な甘さだけではなく、現実の倦怠や懊悩も持っています。

この苦みが空想的な甘みに作用することで、「nagareyama righteye」の楽曲によって開かれる非現実は、非一過性の癒し(寄り添いと言ったほうが良いのかもしれません)をもたらしてくれます。

過度な装飾を持たない実直なバンドサウンドと二次元的な歌声は、現実と非現実を横断した没入的な世界をもたらします。

そうした「nagareyama righteye」の楽曲から2曲紹介させていただきます!

https://youtu.be/O5yP9jXvoxw?si=RtkgyexAQBPf7rmb

おすすめ曲

停滞

邦インディーロックの持つメランコリックで鋭いギターサウンドを味わえる楽曲です。

「停滞」のギターサウンドは、乾いた音です。

それは砂鉄の乾燥でありながらも、磨き上げられた真鍮の持つ柔らかな金属光沢を有しています。この褪色的な乾きと滑らかな輝きは、シンプルなドラムのリズムの上で衝動的に奏でられています。

そして、VOCALOIDの歌声が、ギターとドラムの調和に重なり、リードギターのように動き回るメロディアスなベースによって1つの楽曲として織られていきます。

次元の異なる2つの音によって構成された楽曲が「停滞」です。

この「停滞」では、現実に傷ついた人に寄り添ってくれる非現実が描かれています。

閉塞的で停滞している現実に対し、責任転嫁以外になにも対応できない人の自己嫌悪。

それを打破する術を理解していながらも、その循環から抜け出せない惰弱な精神性。

困難を前にして動き出せず、自己嫌悪の自家中毒に陥った人間の心理が「停滞」では真っすぐに歌われています。

この現実に対する誠実さは、VOCALOIDという二次元的な歌声によって非現実に落とし込まれ、個々人の深刻な懊悩は非現実へと共有されます。非現実の存在が現実の重みを持ち、非現実の存在として現実に寄り添ってくれるのです。

「停滞」は、現実に感じる孤立と痛みを音楽によって立ち上がる非現実の他者と共有することで、その人の心に寄り添っています。

https://youtu.be/jCw9Qr5tfk4?si=oF7b8Mb2L2Tw-8lz

kudanshita

ダンサブルなリズムと、シューゲイズの幻想的な音の壁を味わえる楽曲です。

ドラムは踊るようなリズムを奏で、ベースはそのリズムに乗りながら爽やかな重低音を奏でています。 そして、体がつい動いてしまうリズム隊の演奏の上では、轟音のギターによる音が空間を満たして壁を作り上げています。

この壁は、爽やかな青色で彩られています。

それは高所から望む青空と地平の接合面のような煙った青さ(特に本楽曲の2分30秒からはじまる怒涛のような轟音は、これを如実に表現しています)です。

穏やかな霞の色彩は「kudanshita」という楽曲に、時間的・距離的な奥行きをもたらしています。 奥行きを持つバンドサウンドの上では、ゆったりとした甘いボーカルが奏でられ、楽曲全体に抒情的な空気を与えています。

そんな「kudanshita」では、過去を振り返る人間の哀愁が描き出されています。

地上から見上げる九段下の空は、ビルに覆われている。 社会人の役割を担って窓を見れば青く煙る景色。 その青さは、かつての無邪気な輝きであり、担っている役割とはかけ離れたもの。 過去に戻るか、空に飛んで物理的に役割をなくせば、その青さが手に入るはず。 でも、それは安直な思索の結果でしかない。 過去に戻って、いまのいままで宿題として残した人間的欠乏を解決することも、空想でしかない。 それでも空想する。 過去に戻れることを、春風が運んでくる青さが再び自分にもたらされることを。

「kudanshita」はそうした非現実を望む現実を奏で、これを非現実に投影することによって哀愁と感傷をもたらす素敵な楽曲です。

https://youtu.be/wR6lJdXGHUQ?si=CtHoQ21xQSPk6M4D

道先案内

「nagareyama righteye」の楽曲では、VOCALOIDによる歌唱と実直なバンドサウンドの調和を味わえます。 それは聴く人の脳内に、現実的な非現実を描き出します。

相反する光景には、二次元的存在としての自分が投影されます。

投影された自分は、非情な現実によって傷つけられた心に寄り添って、傷と痛みをそっと和らげてくれます。

「nagareyama righteye」は、そんな素敵な曲で溢れているので、聴いてみてください!

https://www.youtube.com/@nagareyamarighteye

https://open.spotify.com/artist/0mi4HbRnVzYFLI28paUy3Y?si=vdq9qppHRyip64l39ng43w

https://music.apple.com/jp/artist/nagareyama-righteye/1711363039

https://nagareyamarighteye.bandcamp.com/

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