かつてあったこと
いまこの瞬間を生きている人が、どうして自分を自分だと思えるのか。
それは人が過去を持ち、これまで行動し、その歴史が他者と当事者に記憶として刻み込まれているからでしょう。
記憶は生存の証なのです。
住んでいる場所やその風景、家族や友人といった人間関係、多くの物事は時間に従って変化します。そして、この変化をすべて受容し、記憶し続けることこそが生存です。
どれだけ辛くとも、どれだけ輝かしくとも、ひたすらに受容して、記憶として保存していくことだけが、現在まで続いてきた存在の連続性を証明するのです。
ゆえに、存在の連続性が証明されるからこそ、人は未来を期待しつつ恐れ、真っ暗な道を祈りながら歩み続けるのです。
ただし、未来へと歩む生は祝福されています。
これまで受容してきた事柄の多くが痛みを伴うものだとしても、現在という生存を証明する瞬間によって、その生は祝福されているのです。
今回は、そんな移り変わるものを受け入れ続けることの苦しみとその祝福を奏でる「旧市街」を紹介させていただきます!
https://youtu.be/iVhmbdywK8Q?si=Wgmg4ae7oLBJ5qTT
移り変わりを受容するため「旧市街」
「旧市街」は、マスロック・シューゲイザー・ハイパーポップやエレクトロなどの無数のジャンルを組み合わせた音楽性を持つバンドです。
マスロック的なクリーンサウンドのギターが奏でるアルペジオ、シューゲイザーの霧のような轟音、エレクトロの非現実的な高揚感、無数の音楽的特徴が組み合わさった「旧市街」の楽曲は幻想的です。
ただ、決して現実から遊離した幻想ではありません。
そこには人間の熱情が含まれています。
「旧市街」は、絡み合うアルペジオを奏でつつ、音楽に込めた情動をこの音に依存させることなく、轟音と熱狂のバンドサウンドを楽曲に織り込んでいます。
それは過ぎ去った出来事の淡さ、この瞬間に抱いていた身体的な感情の表現となり、美しくざらついた時間を克明に表現します。
辛かったこと、悲しかったこと、痛かったこと、喜ばしかったこと、幸せだったこと。そういった清濁を併せ呑み、ここまで生きてきたことを「旧市街」の繊細かつ熱狂的な音楽は描き出しているのです。
そして、その音楽は現在を祝福してくれています。
https://youtu.be/3uyQLrv8hTw?si=G4Xso3JYG488FTkd
きえる
歪んだギターの静かなリフからはじまる楽曲です。
「きえる」は快いノイズを含む静かなイントロから始まり、Aメロではその静寂をすべて上書きするように歪んだ力強いバンドサウンドが展開されます。そして、ここに微かな憂いを感じさせる透明な歌が織り込まれることで、歪んだバンドサウンドは破壊的で暴力的な音ではなく理性的な轟音として鳴り響き、楽曲は内省的な性格を帯びます。
そうして、楽曲はポストハードコア的な静と動を爽やかに感じられるパートに突入し、その後に、美しい歌声とそれを支えるシンプルかつ献身的なベース・ドラムによって構成されるパートが展開されます。
このパートでは、徐々にノイジーなギターが加わっていきます。 音の霧として立ち込めるギターは、楽曲の幻想性をBメロの終わりにかけて濃密にさせ、サビ直前のブレイクでこれは一気に晴れ上がります。
サビでは音の壁が立ち上がり、サビ直前に晴れ上がった幻想性は、音の霧の中でギターが光り輝く音を奏でることで一挙に満たされます。
サビが終わると、衝動的で実直なギターソロが幻想的な音の霧の中で鳴り響きます。それは音の霧の中に轟音として消え、楽曲は鋭いギターの残響とともに終わります。
この幻想性と熱情の両方を感じられる美しい楽曲では、愛を望む声の運動が描き出されています。
愛を求める声は心の中に留まり続け、反響し、愛が成就した光景を夢として見せる。
しかし、現実に声を発しようとすれば心が痛みを覚え、言葉は躊躇がちに飲み込まれてしまう。
ただ、すべては過去として受容されて記憶に刻まれることに気付いた瞬間、言葉は声として紡がれる。
「きえる」は、決断の受容による生存の軌跡を美しい音とともに奏でている素敵な楽曲です。
https://open.spotify.com/track/2fx0KBj1QJAJ3kEj899o7d?si=wvjloZeyQrWuPadNitoJzQ
https://music.apple.com/us/song/kieru/6803415353
あぜみち
クリーンなギターサウンドによる絡み合うアルペジオから始まる楽曲です。 静かに奏でられるイントロのアルペジオは、精巧に作られたガラス細工のような透明な響きと幻想性を持っています。
透明な幻想は、リズム隊と合流することによって、単なる静物から運動を持ちます。
動き出した幻想は、喧騒とは無縁の静かな空間を描き出します。
それは柔らかな風が吹く夏の暮れ方、雲一つない菫色の空であり、誰にも侵犯できない汚れを知らない澄み渡った空間です。その世界は曲の展開とともに広がり、水彩画のように淡く、古い映画のように夢想的な世界を作り上げていきます。
サビではセンチメンタルに歪んだギターが、思い出の切なさを感じさせるリフを弾き、これとともに鋭くも決して攻撃的ではないノイジーなギターが曲を推進させます。
オルタナを感じさせるギターの感傷的な響きは、蝉の鳴き声とともに消え、美しく澄んだギターによるリフが柔らかな夢想を奏でられます。それを支えるのは、非現実的な高揚を覚えさせるエレクトロのリズムです。
夢想的なギター、幻想的なリズム、そしてエフェクトの掛かったボーカルによって、壊れ物のような世界は現実と非現実の間へと浮かび上がります。
そうして、楽曲はブレイクを挟んで、2度目のサビへと突入します。
2度目のサビでは、洗練された静と動を感じさせるバンドサウンドに楽曲が回帰し、遊離した楽曲世界を力強い音とともに現実へと戻します。
現実を突きつける歪んだギターサウンド、それを支えるシンプルで実直なリズム隊は、二度と戻ってこないいつかの夏の空を克明に描き出しています。
大切な人と歩いた菫色の空の下、夏風と蝉の鳴き声が祝福していたその瞬間に、たった一言愛を伝えることさえできなかった後悔、そしてそれをずっと許容しなければならない残酷な現実の痛み。
それはシューゲイザー的な歪んだギターのメランコリックな響きによって表現され、それでも決して消えることのない大切な瞬間であったという確信はアウトロの幻想的なアルペジオによって描き出されます。
「あぜみち」は幻想的でありながらも、現実的で、許容したくなくとも、許容してしまう残酷でありながらも美しい過去を描いています。
https://open.spotify.com/track/1RrikqJTYMHnemFj9YDbsy?si=wiwVkIieR_u3qgCjRZpGfg
https://music.apple.com/us/song/azemichi/6803415371
道先案内
「旧市街」は、美しく幻想的なアルペジオとともに、身体的で現実的なサウンドを奏でる素敵なバンドです。
そして、「旧市街」が作り上げる音楽は、移り変わり続ける瞬間を受け入れ、それを記憶として刻み、過去と現在を連綿と繋ぎ続ける義務を課せられた現実に生きるすべての人々の生の祈りと祝福が描かれています。
本当に素敵な楽曲ばかりなので「旧市街」をぜひ聴いてみてください!
https://www.youtube.com/channel/UCIHS5lb3FkpvnKnXqJbaXEQ/videos?app=desktop
https://open.spotify.com/artist/3D0IUhAJaai8GFd5Gatvvk?si=UqJU7pVrScyAfQMkRSl33w
https://music.apple.com/us/artist/kyushigai/6803333285