前書き
6月下旬の天気は曖昧模糊ですね。
一週間のうち、半分は晴れたかと思いきや、もう半分は土砂降りか霧雨交じりの曇天かといった具合で調子を延々と先延ばししているように思えてしまいます。
これは天候だけの話ではなく、気温も同じです。
晴れの日はうだるような暑さを地表に与えてくるのにもかかわらず、雨や曇りの日はじっとりとした薄ら寒さを与えていきます。鬱陶しい時期と言わざるを得ません。
ただ6月の日々には、ほかの季節にはない色味があります。
4月や5月が携える柔らかな新緑の鮮やかさではなく、7月や8月が有するあまりにも鋭い太陽と蒼穹の眩しさではないくぐもった色を6月は持っています。
それはぼんやりとして、先が見通せず、とりとめのない紫がかった色です。
この曇り空の下に立ち込める紫の空気は、体感的に鬱陶しくとも、認知には美として響きます。
実体のない季節が持つ色味は認知のもたらす創造物ですが、ヴァン・ゴッホらの自然の印象を描いた絵画が1つの美として確立されているように、意識が人工的であったとしてもそれは美しいのです。
今回は認識が生み出す美を奏でる「くゆる」を紹介させていただきます。
https://youtu.be/IawXim6SHFw?si=IxmFa7Ght00lz6DO
認知の矛盾が生み出す美しさ「くゆる」
「くゆる」の音楽ジャンルはブラックゲイズ(シューゲイザーとブラックメタルの融合)です。
濃霧を想起させる陶酔的なノイズと、霧中を直進する光線の如きギター、現実感覚を忘れさせない重低音を発するベース、力強くも繊細なリズムを奏でて幻惑的な世界を統制し続けるドラム。 そうした幻想的なサウンドを「くゆる」は奏でています。
シューゲイザーの陶酔性、ブラックメタルのアンチクリスト的神秘性、「くゆる」はこうした2つのジャンルの特性を掛け合わせることで美しい世界を作り出しています。
それは薄紅の霧が立ち込める夜の街です。
ただし、この「くゆる」に作り出されたこの情景は、フィルムカメラで撮影した風景写真の様な代物ではありません。
それは決して存在しないと確信できるのにもかかわらず、どうしてかどこかに存在するのだろうと思えてしまう非現実性と現実性の双方を有した幻想に等しい光景です。
この現実としての幻想を生み出しているのは、恐怖や不安と言った茫漠としながらも精神に決定的な重責を与えてくる情動です。 こうした情動は、陶酔的な光景がもたらす作用と同様の特性——見えないのにもかかわらず、それがあると確信して心持ちが沈んでしまう——を有しています。 同時に、その背徳的な美しさ(無い方が良いのにもかかわらず、それらに苛まれることは人間として魅力的だと思ってしまう)も有しているのです。
https://youtu.be/aXYCMM43D1k?si=qEOLcy4LVduUroNY
(ブラックゲイズについてはこちらの曲を聴いてみてください!)
おすすめ曲
YOU
金属の鈍い光を放つギターがリズム隊と混じり合い、音を濃霧の様に充満させ、遂にはどこかにあると思えてしまう薄紅色の光景を作り出していく楽曲です。
曲全体として緩急が明瞭であり、音色も美しい(宝石の輝きだけが美しいのではなく、真鍮や鋼鉄の持つ輝きもまた美しいように)上に、ギターリフが非常に幻想的で、「くゆる」の良さが濃縮された1曲です。
濃霧に包まれるどこかにあるだろう夜の街。 その中をさまよい歩く誰か。 彼の脳裏に過るのは、原形をとどめていない、いつか、どこかで味わった痛みの名残。 ノイズに塗れてちらつく苦痛は、ぼんやりと、ひたすらに曖昧に心を縛り上げる。 けれども、街に満ちる霧の様に不明瞭な痛みは陶酔をもたらす。 それは美しさを覚えさせ、苦しみながらも彼はその美に耽溺してしまう。
「YOU」は退廃的な美しさとその曖昧性が表現された美しい楽曲です。
https://youtu.be/EHGyhehSvso?si=g1tr0UCuu1yRaLW0
蒼い空
薄紅色のノイズギターが唸り、力強いリズムとともに幻想を立ち上げ、おどろおどろしさと陶酔的な悦楽が両立した世界を作り上げて行く楽曲です。
ギターの作るノイズサウンドの暴力的な音の嵐は、曲全体に立ち込める不安定さを醸し出し、その不安定であるところの美しさ(濃霧が幻想的で美しいように、音が曖昧性の中に埋もれることによって表現される逆説的な美)を表現しています。そして、暴力的なまでの音の嵐が重々しいドラムと共振することによって、歌詞が表現する深い絶望に実体が与えられます。
かくして「蒼い空」は、白々しいまでに晴れ上がった空を作り上げます。 ただし、その光景は非現実性という薄紅色の濃霧によって遮られています。 生活があると思えてしまう幻想世界の空は、晴れていたとしても、ぼんやりとした濃霧により、純粋かつ明瞭な美を取り上げられているのです。
そこに広がるのは、不安や恐怖と同じ蒼空——掴めないが実体として存在する——でしかないのです。
「蒼い空」はそうした爽快な晴間の白々しさと、その幻想性を美しく表現しています。
https://youtu.be/NO9mqaxKx6I?si=kNkivKCI-nq1LOga
道先案内
「くゆる」は美しさとともに、人間の不安定なものを志向してしまう美意識を克明に描き出す実直な音楽性を有しています。 ぼんやりとした不安や恐怖などが有する不安定であるところの美しさを音によって表現しているのです。
また難しいことを考えなくとも、「くゆる」の音楽は陶酔的かつ幻想的でとても美しいです。 およそシューゲイザーを好んで聴く人であればだれでも好きになれますし、メタルが好きな人が聴いても好きになれると思います。
非現実的であり現実的であるという認知の矛盾が生み出す美しさ「くゆる」をぜひ聴いてみてください。
https://www.youtube.com/@kuyurujpn
https://open.spotify.com/artist/0r0X62o6j7jbo5ZU4qZf52?si=GObFhEytThq6mQhIwkq1aQ