言葉と音
人は言葉を使ってコミュニケーションを図ります。
ただし、情報交換が言葉によって完全に成立することはありません。
情報を言葉の中に包み込み、それを一切の漏れなく受け取るためには、正確な言葉の使用が必要となります。その正確な言葉の使用は多くの人にとって不可能です。
例えば、「やりきれなさ」という言葉だけで、その心理的運動をすべて把握することができるでしょうか。
多様な経験とそこに付随する感情を、これだけで表現することは不可能です。これを表現するには無数の言葉を織る必要があります。しかし言葉で意味を表現できたとしても、そこに情動という動的な色彩は欠けています。
だから、色彩を与える音が必要となります。
「やりきれなさ」に含まれる情動は、音という絵筆によって表現され、そのことによって言葉には奥行きが生まれます。これによって三次元的な地平に導かれた「やりきれなさ」は、それをもたらした現実の惨たらしさや自らの弱さに、正確な意味を与え、「やりきれなさ」を肯定します。
今回は、言葉と音によって「やりきれなさ」に正確な意味を与え、生を肯定してくれる「kubikasige」を紹介させていただきます!
https://youtu.be/B82Z_jTYB5M?si=44gipYTqKIBWurtO
冷たさも、暗さも、焦燥も受け止める「kubikasige」
「kubikasige」は、日本のロックバンドです。
エモを彷彿とさせるギターサウンドに、シューゲイザーの陶酔感やハードコアの衝動性などを交えた音楽性をしています。爽やかな瞬間がありながらも、音の渦に包まれる瞬間や全身が揺れ動くような瞬間が「kubikasige」にはあります。そして、音の空間的広がりを示すアンビエントの質感、宅録的な質感、ゆっくり音声を使用した二次元的な質感も含まれています。
「kubikasige」の音楽はジャンルを横断した複雑なものとなっていますが、それは難解な複雑性によって紡がれていません。
「kubikasige」の楽曲はロックバンドの楽曲として洗練されており、シンプルでありながら聴きやすいという特徴を持っています。
この無数の音楽ジャンルやサブカルチャー的なテクスチャが組み合わさった楽曲は、インターネットと孤独に慣れ親しんだ現代的な若者の「やりきれなさ」を精確かつ重厚に表現しています。
世界とつながることが容易になりながらも、身近な世界との接続が希薄になり、身体的・知識的な孤独によってひねくれてしまった若者たちの「やりきれなさ」が「kubikasige」の楽曲では表現されています。
身近でありながらも遠い世界となった広大な現実、その広がりの中に取り残されることの寂しさ、朧げな憧憬と微動だにしない時間軸。
「kubikasige」は、そうした冷たさ、暗さ、焦燥を受け止め、バンドサウンドという絵筆で克明に描き出し、時間はそれでも進んでいくという生の消極的肯定を示してくれています。
https://youtu.be/odW5fVDm5Eg?si=2oYVRASiooRUXm3y
おすすめ曲
おやすみ
エモを彷彿とさせるアルペジオの爽やかさを味わえる楽曲です。
空間的広がりを演出するアンビエントサウンドと、ぼんやりとしたゆっくり音声から楽曲が始まります。
直後、エモ的なクリーンなギターリフが鳴り始め、浅野いにおの『おやすみプンプン』の台詞が、ゆっくり音声によって朗読されます。
そこに、軽やかで爽やかなギターの音を支えつつ、楽曲全体を引き締めるシンプルなドラムとベースが加わり、静かなグルーヴを生み出します。そんな静かな調和は「プンプンは元気です」という朗読を引き金に、強大な調和として立ち上がります。
ギターは大きく歪み、リズム隊は力強い激しさを纏い、透き通るような人声のボーカルが入ります。ここに「おやすみ」の静かで内的な音楽的世界は調和しつつ切り開かれ、外的で衝動性を孕んだ音楽に移り変わります。
柔らかな歌声の後ろでは、スクリーモ的なシャウトが叫ばれ、力強い楽器隊の音は強大な旋律とリズムを紡ぎあげます。
この「おやすみ」の展開は、焦燥から漫画を読むことしかできず、遂に到達してしまった朝4時の寝室、そこに満ちる冷たい滞留した空気を表しているようです。
張り詰めた憂鬱がもたらす冷たい部屋の空気と、PCモニタに映し出される偏屈な漫画の脳内再生。他人とは違うという思い込みがもたらす孤独がもたらす焦燥は、安らかな眠りを生活から奪い去り、自己嫌悪を延々ともたらす。そして、元気だと嘯く漫画の主人公に自分を投影し、そのやりきれなさ、望んでいながらも望まない孤独への苛立ちに激情を覚え、体を静かに強張らせてしまう。
「おやすみ」は、孤立に対する人の弱さを爽やかで激しい青い音で描き、その弱さこそが生であり、その生の道筋を受け止めてくれる楽曲です。
https://youtu.be/R1yCPAuHqZQ?si=BQqOyGcT634DIdho
現人橋
歪んだギターリフ、勢いを与えるフィードバック、重々しく激しいベースとドラム、「kubikasige」の激しい音楽性を味わえる楽曲です。
重々しい潰れた音のギターリフから楽曲は始まります。
そこに、吹き付ける青い音のフィードバックとその衝動性をなぞるリズム隊が加わり、この力強い音によって楽曲は爽やかに展開されていきます。
イントロが終わって始まる歌は、それまでのサウンドの力強さと相反する、微かな倦怠を含んだ柔らかさを帯びています。
さっぱりとした柔らかな倦怠を感じさせる歌声と呼応するサウンドは、静かにサビへと向かいます。
サビでは、バンドサウンドだけがイントロと同じような激しさを帯びます。 歪んだギターと力強いリズム隊によって構成される音は、オルタナティブな鋭い音へと変遷し、その激しさは展開とともに増していき、最終的にシューゲイザー的な音の壁が立ち上がります。
青い音の壁が静まると、進まなければならない地点に立ちながらも前に進めない事実に対するもどかしさが、柔らかな声で紡がれ始めます
しかし、そのもどかしささえも祝福する祝祭的陶酔を帯びた音の壁が立ち上がります。
爽やかでありながら、衝動的で、静と動の切り替えが明瞭な楽曲が「現人橋」です。 そして、この「現人橋」は記憶の発散と収束を表現しているようです。
大切な別れが持つ苦しみは、記憶の奥底で閉じ込められていることがほとんどです。
ですが、ふとしたタイミングでそれは解き放たれ、自責的な思考にもたらします。封じ込めておきたい記憶の発散がもたらす衝動の痛みは、記憶の収束(再び記憶の渦の中にうずもれる)によって消えます。
しかし、それでも記憶は再び発散し、散乱した記憶の粒子の各々は光の粒子に変化し、可塑的な像を結びます。その像は「やりきれなさ」の渦をもたらし、心を痛めつけます。
心の痛みは耐え難く、その痛みをもたらした過去を憎悪してしまいます。
ただ、その痛みをもたらす過去は祝祭です。
そして、そのことに気付いたとき、発散した記憶は収束し、その人の生を祝福します。
「現人橋」は、消えない記憶がもたらす生の痛みと、その痛みの祝福が奏でられた楽曲です。
https://youtu.be/bvtKUeKyAdc?si=4F0GE9_9ZviLm-JV
道先案内
「kubikasige」は、無数の音楽ジャンル、無数のサブカルチャーを縦横無尽に取り込んだ複雑な音楽性を持っています。
ですが、「kubikasige」の奏でる楽曲は、複雑怪奇な音で紡がれているわけではなく、シンプルで洗練された音によって紡がれています。
洗練された音によって構築された楽曲では、人間的な内面が描き出されており、人の生を支えてくれます。
本当に素敵な楽曲ばかりなので、ぜひ聴いてみてください!
https://www.youtube.com/channel/UC_oAfNbOVmT7mJ5iZtvINCQ
https://open.spotify.com/artist/7jaWcMYY6J1j10osydQN91?si=ZZu0HcbxTImCZSxPpc9SLQ
https://music.apple.com/jp/artist/kubikasige/1703531487
https://soundcloud.com/zhp30qr67hku