前書き
小さな頃に見ていた映像作品を覚えていますか? アニメでも、ドラマでも、人形劇でもよいです。
たぶん、多くの人はそれを忘れているでしょう。 記憶の片隅に「面白かった」、「わくわくした」と言った余韻が残っているだけで、作品名やシーンは忘却に投げ込まれているでしょう。
年月を経るにつれて小さなころの記憶は薄れます。 その代わりに、いま現在の帯びる色は鮮やかになります。
薄れゆく過去の風景はいつしか消えてなくなります。
声を忘れ、動きを忘れ、色を忘れ、形さえも忘れてしまいます。
しかし、そこに何かがあったという感覚は永遠に残ります。 映像であればそれを観たという感覚が残り、感覚に紐づいた何かに触れることで記憶は一瞬間だけ色と動きと声を取り戻して鮮明に輝きます。この輝きこそノスタルジアなのでしょう。
いまを生きる20代にとって、そのノスタルジア(現実とインターネットの過渡期という名)は、ブラウン管に映る映像によって呼び起こされるでしょう。
今回はそんないつかの色彩を思い起こさせる「iVy」を紹介させていただきます。
https://youtu.be/JDOQiB2vWac?si=-X1XQD1fBxOtQRN7
懐かしい風景、柔らかな狂気「iVy」
「iVy」は、ノスタルジアを感じさせるキーボードサウンドと、美しいノイズを発するギターサウンドが特徴的なバンドです。
ジャンルとしてはドリームポップに分類され、その音楽は浮遊感を纏っています。
もっとも、それは美しい水面に浮かんでいるような感覚ではなく、非現実的な空想世界で弾んでいるような浮遊感です。 プールでぷかぷかと浮かぶ感覚ではなく、トランポリンの上を弾むような感覚です。
ですから、「iVy」の音楽を聴いていると、いまにも消えてしまいそうな夢の刹那的な感覚と、夢を目一杯楽しんでやろうという遊戯的な感覚を味わうことができます。
ただし、その夢は楽しいだけではなく悲しみを背負っています。 それは幼年生活における痛みであり、言葉と感情をうまく紐づけられなかった頃のむしゃくしゃとした苛立ちです。
言葉にできないから伝えられず、伝えられないから理解されず、いじけることしかできなかった頃の悲しみ。 それは夢の中に形を変えて現れ、夢を少し危ない冒険に変質させる。だからか、子供の夢はちょっとした怖さを含んでいるのでしょう。
少し不気味な解像度の悪い子供の夢。
「iVy」の音楽はそんな幻想体験をもたらしてくれます。
おすすめ曲
any n○ise
夢の不明瞭性を思わせるキーボードとギターサウンドが特徴な1曲です。
キーボードは輪郭の脆い夢を歩いているように揺蕩っており、ギターサウンドは生暖かくていつまでも浸っていたくなるような快さを覚えさせてくれます。
リバーブの掛かった歌声は、曖昧な夢で紡がれては消えてしまう、意味を持ちながらも解明することのできない声のようです。
特に曲中盤で入る感情的でありながら決して暴力的でない語りは、夢の空気感に身体性(何気ない夢ではなく、記憶と経験に基づいた夢であるということ)を与え、音が作り上げる世界の輪郭と色彩を明瞭にします。
「iVy」の良さが詰まった楽曲です。
曖昧な夢の世界でありながらも、そこにはどこかで見たことのあるもので溢れている。
それはリビングに置かれたブラウン管テレビ、三色ケーブルでつながれたwii、置いてきぼりにしてしまった17時の公園。ここに溢れるのは、無邪気な笑い声と、泣き声と、菫色の暮方の空に吸い込まれていく鳥や虫の声。とても懐かしくて、そして言葉にできない切なさと痛みに満ち溢れた体験。
「any n○ise」は不鮮明で、柔らかくて、悲しいノスタルジアを味合わせてくれる素敵な曲です。
https://youtu.be/gJlPj9VDke4?si=1MIUOFszsnEgDQvs
クラスルーム
霞かかった柔らかなギターとキーボードが絡み合って、調和して、青白い夢世界を作り出している楽曲です。
バンドサウンド全体が菫色の霞の様に揺蕩っており、その中では囁くように抽象性の高い詩が歌われます。 これにより、可愛らしさと、切なさと、微かな怖さが曲にもたらされます。 そして曲終盤にはノイズに等しいギターサウンドがもたらされ、ぼんやりと潜んでいた怖さが、鋭さを帯びた狂気として浮かび上がってきます。 こうして青白い夢という閉じた空間が頭に作り出され、そこにぼんやりとした戦慄がもたらされます。
それは、色褪せた落書き帳に書かれた女の子が帯びる愛らしい戦慄です。
青白く、少しだけ不気味な夢の世界。 ただ、そこに漂う囁き声やどこから聞こえてくる遊戯の音は甘くて快い。 公園のようであり、プレイルームでもあるような青くてぼんやりとした場所。 自我は揺蕩いながら、曖昧な世界に点在する記憶の残像に触れる。 その度に、遊びと悲しみの像が鮮明に結ばれる。 それは今では言葉にできるけれど、昔は言葉にできなかった感情の束。 無数の色彩が青白さの中で結ばれては一瞬で消える。 心は弾みつつ陰りつつ覚醒へ向けて白んでゆく。
「クラスルーム」はそんな夢の快さと微かな戦慄を与えてくれる美しい曲です。
https://youtu.be/9RbvCZEA4V4?si=D_brcHwfW0wF6f8A
道先案内
「iVy」の楽曲は、ジャケットデザインに表現されている夢見心地の可愛らしさを持っています。 他方、夢特有の怖さと戦慄も持っています。そこには、単に「かわいい」と言ってしまうにはあまりにも勿体ない味わいがあります。
柔らかな音色と旋律がもたらす美しき世界。 その内側に垣間見える幼年時代の狂気。 これらがもたらす心の動きは「iVy」でしか味わえないものです。
本当に美しくて、素敵なメロディに溢れた楽曲ばかりなので、ぜひ聴いてみてください。
小さなころは言葉にできなかったいくつもの感情が呼び起こされ、柔らかで切ないノスタルジアに浸れますから。
https://www.youtube.com/@ivy_atlantide
https://open.spotify.com/artist/70lDezP0StoGMa58IcLXCc?si=tqKsVLaQR4-9CEIcJvgsQg