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痛めつけられた精神を支える「ろうほう」

痛めつけられた精神を支える「ろうほう」

2026.10.12

What is mind?

「サクラノ詩」というゲームで、特別にカッコよいと思った台詞があります。

それは”What is mind? No matter. What is matter? Never mind”という台詞です。

直訳すれば「精神とは何か? 物質ではない。物質とは何か? 決して精神ではない」というような意味になります。

ただ、英語には単語の意味を重ねた言葉遊びもあり、これを踏まえて台詞を和訳すると「精神とは何か? どうでもいい。物質とは何か? 気にするな」となります。

この台詞自体は、イギリスの論理学者であるバーナード・ラッセルの祖母がよく言っていた言葉遊びからの引用らしいです。ただ言葉遊びにしては妙にカッコよく、含蓄があるように思えます。

大きな問題やどうすることもできない事象にぶつかったとき、人の精神は大きく疲弊してしまいます。そして、限度を超えた疲弊は、癒えない傷を精神に残します。それは再び精神が圧迫されたとき、強烈な痛みを生み出し、この痛みは内省的な絶叫をもたらします。ですが、叫んだところで傷が根本的に癒えることはありません。

だからこそ、「精神とは何か?」と疲れ切った心に尋ねるのではなく、それを「どうでもよい」と言える勇気が必要になるのだと思います。

ただし、その勇気を持つ人は現実にはほとんどいないと思います。膿んだ心を捨てきれる勇者になれる人は限られているのですから。それゆえ、叫びをもたらした痛みに寄り添ってくれる素敵な何かに頼る必要がある。

今回は、叫びをもたらす痛みを表現し、その痛みに寄り添ってくれる素敵なバンド「ろうほう」を紹介させていただきます!

https://youtu.be/jaK0yrPuD0Q?si=K6cMrtS-UNpnF0AR

痛めつけられた精神を支える「ろうほう」

「ろうほう」は、スクリーモやエモなどポストハードコア周辺のジャンル、シューゲイザーなどのオルタナティブな音楽性を取り込み、感情的かつ抒情的な世界を描く楽曲を奏でる日本のロックバンドです。

「ろうほう」の奏でる楽曲は、アルペジオを主体とした爽やかなギターリフを使用しながらも、その抒情性だけに囚われるのではなくシューゲイザーの幻想的な轟音やポストハードコア的な激しく身体的な表現を取り入れています。

このため、ギターの演奏にはテクニカルな瞬間もあればコードを主体とした激情的な瞬間があります。これらのギターとリズム隊が調和して生まれるバンドサウンドにも、冷たい切なさを覚える瞬間と激しい怒りや憎悪を発散する瞬間があり、その相反するような音楽的な性質が両方とも組み込まれた「ろうほう」の楽曲では、ダイナミックな静と動の反復が奏でられています。

静と動の反復と、その大きな運動がもたらす抑制と昂揚の表現は、人間の持つ不安定な精神を克明に描き出し、その点においてリアリズムを持っています。現実に根差した人間の焦燥、焦燥がもたらす不安、不安によって抑圧された心が暴発する瞬間、暴発し終えても何も解決しなかったことの空虚さ、そういったいまこの世界を生きる人々が持つ内省的な世界を「ろうほう」は真正面から描いています。

https://youtu.be/gLtc8Ov10Cg?si=LkE1fJrWqYu5uDQE

はい

エモを彷彿とさせるアルペジオ主体のギターリフ単体で本楽曲は始まります。曲の展開に従って、リフの細やかで繊細な旋律を増幅させるようなドラムが加わります。

ドラムが加わることで、楽曲にはギター単体では作り上げられなかった複合的なグルーヴが生まれます。少しでも触れれば壊れてしまいそうな繊細な音の流れは、静的な展開として持続し、青白い閃光のような音とともに、動的な展開へと接続されます。

スクリーモ的な絶叫とシューゲイザー的な音の壁が作り出す動的な展開では、情動的なバンドサウンドが鳴り響きます。

空間を切り裂くようなギターの轟音とシンプルかつ力強いリズム隊が混じり合い、楽曲は人間の叫びが持つ横溢する感情を大胆かつ精密に描き出します。この極めて動的な展開は静的な展開を持つイントロと対照的でありながらも、そこに亀裂を作り出すことなく、連続的に接続されています。

この極めて自然な音の静と動の運動は、楽曲全体にダイナミズムを生むと同時に、情動といういつ破綻するかもわからない不安定な存在そのものを克明に描いています。

そして、この動的な音を残したまま、シャウトは透き通ったボーカルへと移り変わります。透明な歌声は、轟音の奥できらきらと輝く音とひっそりと混じり合い、楽曲全体にくすんだ青色を纏う美しい秩序をもたらします。

動的な音の中に保たれる美しい秩序は、触れることさえ許されないような繊細さを持ち、この特性はアウトロにも引き継がれます。

アウトロでは、アルペジオ主体のギターリフが再び登場し、そこに伸びやかな残響を奏でるギターが加わります。触れれば壊れそうな音の粒たちは青い秩序を纏い、その秩序のもと、一切の汚れがないひんやりとした空気を作り上げます。それは朝4時ごろの黎明の空がもたらす清廉な空気であり、絶叫のあとに残る空っぽになった心持ちです。

この焦燥を生み出す澱として再び情動が沈んだ空虚な時間をアウトロは描いています。この問題が解決されていない状態は、曲終わりのシャウトと昂るノイズが表現しています。

それは極めて現実的な表現であり、曲の誠実な締めくくりです。

https://youtu.be/NhCP0FPHwVU?si=pPOtZbqD3CxYm5Iq

不安の中で

明るくて切ないクリーンなギターと空間的な広がりを持つギターが互いを補完し、シンプルなドラムがその繊細な音のリズムを支えることによって、イントロは静かで穏やかな美しさを持ちます。

クリーンなギターの細やかな音と、空間的な広がりを持つギターの響きが、互いの隙間を埋め合うイントロには、展開に従って、清らかな朝陽を想起させるコーラスが加わり、曲全体が静かな神秘性を持ちます。

穏やかな展開は柔らかな光としての広がりを楽曲にもたらし、この広がりにポエトリーリーディングを彷彿とさせる歌声が合流することによって、楽曲が描き出す世界は非現実的な空気を帯びます。

ただし、その非現実的な空気がありつつも、その土台には身体的なバンドサウンドがあるため、楽曲が描き出す世界は、陶酔的な神秘性を持ちながらも、決して現実から遊離してはいません。また、Bメロでも、心地良いリズムがバンドサウンドとして表現されています。

そして、バンドが織りなす身体的なリズムと、淡々と語るような歌唱、ガラスのようなコーラスが組み合わさってCメロが構成されます。このCメロではバンドサウンド全体が急速に加速し、徐々に神秘性が崩れ、楽曲は現実へ近づき、「なっていた」という決定的な歌詞とともに始まる歌詞のないサビによって楽曲は現実と癒着します。

歌詞のないサビでは、スクリーモを彷彿とさせる力強い演奏と絶叫、そしてテクニカルでありながらも決して技術に溺れることのない抒情的なギターソロが奏でられ、楽曲は神秘的な世界から一気に人間的な現実性を帯びます。歪んだ音が奏でる静と動の快い繰り返しによって、絶叫する精神の混乱と、その混乱自体がもたらす甘い陶酔が極めて現実的に表現されています。

そうして、ポストハードコア的な展開はブレイクとともに一瞬で消え、美しく静謐なアウトロへと接続されます。2本のギターは、休日の早朝のようなゆったりとした輝きを持つ音を奏で、その柔らかな音とともに楽曲は静かに終わります。

https://youtu.be/wfDrbnSVcT0?si=UysBGwJdVRTdPQl1

道先案内

「ろうほう」は美しい激情を奏で、現実に根差した心の傷とその痛みを真正面から描き切っている素敵なバンドです。

楽曲は、幻想的で神秘的な美しさと身体的で人間的な生々しい慟哭が込められており、傷を負ったことのあるすべての人に寄り添ってくれます。そして、美しい轟音とともに精神に与えられた傷をそっと包み込んでくれます。

本当に良い曲ばかりなので「ろうほう」をぜひ聴いてみてください!

https://www.youtube.com/@rouhou_band2

https://open.spotify.com/artist/63P5ufXYYKKBiQoBYGxpiX?si=Ld11vA7xQZi6D_NUzQ30YQ

https://music.apple.com/jp/artist/%E3%82%8D%E3%81%86%E3%81%BB%E3%81%86/1812982499

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