倦怠が見せるざらつき
空は雲に覆われ、雨は散々降り注ぎ、肌寒い日々が続いています。 目に映る景色全体がぼんやりと灰色を帯びているいま、秋の昂揚を覚える隙をお天道様は与えてくれません。
光景全体に影の掛かった現状が与えてくるものは、湿り気の鬱陶しさとぼんやりとした倦怠だけです。
身体と思考を覆う薄らとした倦怠は、ふとした瞬間に目の前の景色を青くざらつかせます。
雨露に濡れる植物やコンビニは、その色彩のうち、青だけを深めながら、滑らかな表面をヤスリのようにざらつかせ、光景全体を霞ませていきます。
倦怠によって生じた本来の像からずれた青く滲んだ光景は、一瞬間の出来事であれば美しいです。
しかし、恒常的に光景がざらついてしまえば、それは認知の歪みとなってしまいます。
現実から少しずれた景色を通常とすれば、現実に対する物差しが狂ってしまう。その状態が維持され続ければ、ずれた景色に慣れて、溌剌とした生の瞬間にも倦怠が蔓延ってしまうのです。
だから青く滲んだ光景は、美しい刹那として忘れなければなりません。
いつかこの憂鬱を愛でようと思ったのならば、同じ瞬間を閉じ込めた音楽を聴けば蘇ってくるのですから。
今回は美しい倦怠の刹那を想起させる「ぺんぎんの憂鬱」を紹介させていただきます!
https://youtu.be/598uh584m6g?si=78J4DyBamyFShvjj
ざらつく心象とともに「ぺんぎんの憂鬱」
「ぺんぎんの憂鬱」は、オルタナティブロックをやっている宅録ソロプロジェクトです。
ドリームポップやシューゲイザーのような浮遊感、インディーロックやブリットポップのような疾走感など、複数ジャンルを組み合わせたオルタナティブな音楽性です。
複数の音楽ジャンルを横断していることもあり、サウンドの中核を成しているギターの音色は豊かな表情を持っています。
ざらついていながらも突き抜けるようなオルタナ的なサウンド、浮遊感のあるシューゲイザー的なサウンド、落ち着いていながらほんのりとブルーなベッドルームポップ的なサウンドなど、これらのギターサウンドが楽曲の中で複合的に登場し、1個のジャンルだけでは表現できない複雑な感情を表現しています。
そして、多様な表情と表現を持つギターは、シンプルでありながらも洗練されたリズム隊によって支えられています。
洗練されたオルタナサウンドによって奏でられる「ぺんぎんの憂鬱」の楽曲は、いずれも身近な空間とそこに漂う空気を描いているように思えます。
それは独り暮らしのアパートであったり、深夜の散歩道であったり、星明かりに照らされる口がほつれたぬいぐるみであったり、花を活け忘れたガラスの花瓶であったり、溜めたお湯がぬるくなったバスタブだったと、特別ではない手の届く世界です。
そんな身近な世界に溢れるブルーな心象を楽曲で描いているからこそ、「ぺんぎんの憂鬱」の楽曲は、一聴して忘れ去られる曲ではなく、ざらつく心象が見せるあの青く滲んだ光景のように、心をとらえて離さないのです。
https://youtu.be/83QGsixkBRE?si=1NVuXp1bU64E0oc0
落ちる
疾走感あふれるギターを味わえる楽曲です。
イントロでは、ジャキジャキとしたオルタナサウンドのギターがリズミカルに奏でられます。ベースとドラムシはシンプルな演奏でギターを支え、体をぶち抜いていくような音の衝動性を最大化させています。
爽やかなイントロが終わると、楽曲全体に落ち着きを持たせるような少しブルーなアルペジオが入り、楽曲に繊細さが加わります。
そして、イントロからの推進力を保ったまま展開される楽曲に、緩急をつけるようにベース単体のパートが入ると、絡み合うアルペジオとゆったりとしたメリーゴーランドの印象を想起させる展開へと楽曲は移っていきます。
幻想的な展開が終わると再び、爽快感のあるイントロのパートが展開され、ふたたび幻想的なパートへ楽曲は移っていきます。
2度目の幻想的なパートでは、夢見心地なアルペジオだけではなく、イントロやAメロで繰り返される爽快感のあるギターリフが組み合わされます。
この変化によって、幻想的なパートは甘さだけではなく、突き抜けるような爽やかさを纏い、ここで得た爽やかさという推進力が、ギターソロとリフが奏でられるアウトロに向けて曲を推し進めます。
「落ちる」は、涼しい夜風のようなオルタナサウンドで展開され、アルコールの陶酔が見せる幻想のようなアルペジオが、その中できらきらと奏でられています。
それは狭い部屋でくすぶる憂鬱のために、やることを投げ出して深夜に散歩をしてしまう罪悪感と昂ぶりを表現しているようです。
自動車の喧しい走行音だけが鳴り響く夜道を、涼しい風を浴びながら、閉店間際のコンビニで買った缶チューハイを飲みながら散歩する。
そこに生まれるのは、浸りきれない陶酔感と孤独な部屋に残してきてしまったやることへの自罰感。中途半端な酔いと罪悪感は、視界に映る街灯や信号を青く滲ませてざらざらとさせる。
「落ちる」は、そんな寂しくてやるせない夜のざらつきを表現している素敵な楽曲です。
https://youtu.be/R9q5Zp9GExU?si=dvswx3Kcc4FjZBsI
2086
柔らかい暖かな幻想を味わえる楽曲です。
楽曲はベースの4つの音単体で始まり、4音目が鳴り終わると同時にイントロが奏でられます。
突き抜けるような爽やかさと夢のような甘美さを兼ね合わせた歪んだギターと、体全体を覆う深い青を表現するようなクリーンなギターが、夢見心地のサウンドを作り上げ、ドラムとベースはシンプルかつリラックスした演奏でこのドリームポップ的なギターサウンドを支えます。
そんなイントロが終わると、ざらざらとしたギターのコードストロークを中心としたパートに入り、憂いを纏った柔らかな声音と混じり合い、優しい幻想を立ち上げます。
そして、この優しい幻想とともに、演奏は静と動のダイナミズムを存分に味わえるパートに入り、溢れる感情を表現するようにギターがコードをかき鳴らして楽曲はサビへ突入します。
サビでは、すべての楽器が思い思いに、ゆっくりと飛び跳ねて静かに笑うように、自由に音を奏でます。
サビ後のギターソロパートでは、ざらついた青さを描くような素敵なギターが奏でられます。
そうして楽曲は再び柔らかな幻想を奏で、2度目のサビへと突入します。 2度目のサビが終わるとギターは鳴りを潜め、ベースとドラムによる静かなパートが10秒ほど続いたのちに、「2086」で最も熱のこもったアウトロのギターソロパートが始まります。
ここのサウンドはオルタナ的であり、爽やかでありながらも、熱がこもっていてとてつもなくカッコよいです。
「2086」を通して描かれるのは、人を待ち続ける心です。
人を待ち続けることは、心をひどく疲れさせます。 それは物理的にも、精神的にも、待ち望んでいる相手がどこにいるのか皆目見当がつかないからです。
本能的・現実的に理解できず恐れてしまうものなのに、それでも大切な心持ち(愛というには未熟で、恋というには冷めすぎている、友情のようなしなやかさも持たず、ただ寄り添っていたいという心持ち)があるから、相手を待ち望んでしまう。
その待っている時間は、ぬるくなったお風呂に沈んで呼吸を我慢する苦しさに似ています。朧げな照明、体を包むぬるま湯、遠退く意識と、ある種の接近(危険があればきっとその人は来てくれるだろうから)、そんな感覚と人を待ち続ける苦しみと快さは似ているのです。
「2086」はそんな切ない憂鬱とその痛みが見せる快さを美しく描いた楽曲です。
https://youtu.be/Rfwl0UR1gWM?si=vudlSxmDOmQIgJ83
道先案内
「ぺんぎんの憂鬱」は、ギターを中心としたオルタナサウンドが特徴的で、楽曲はどれも爽快感に溢れていて素敵です。
また、夢のような浮遊感や陶酔性も兼ね備えており、すべての楽曲で感情の機微を繊細に描いています。
また、ロックの楽曲として素晴らしいだけではなく、ポップソングとしてもとても美しくて聴きやすいです。
素敵な楽曲ばかりなので、ぜひ「ぺんぎんの憂鬱」を聴いてみてください!
https://www.youtube.com/@mofmofpenguin
https://open.spotify.com/artist/67Sly4EgayVi1bFRyCyvjm?si=9eR0IjjoTWGkzyj6_zZhWQ
https://music.apple.com/jp/artist/%E3%81%BA%E3%82%93%E3%81%8E%E3%82%93%E3%81%AE%E6%86%82%E9%AC%B1/1491730549