好きになれる才能
みんなが好きになれるものを真っ当に好きになれるのは1つの才能です。
多くの人々が美しいとした絵画を美しいと言えること、多くの人々が面白いと言った映画を面白いと言えること、あるいはお笑い芸人でもよいと思います。 多くの人の目に晒されて、良い評価が成されて、人々の中で確立された1つの価値を素直に受け入れるのは素敵な才能です。
他方で、みんなが好きになれないものを好きになれることもまた才能です。
多くの人々が醜いと、面白くないと評価したものを別の角度から優れていると評することは、少数派の知見や感性が必要となり、それを蓄えて鍛えるのは修行に似ているのですから。
ただ、この才能を持つ人々の間には多くの場合、分断が生じています。 有名な作品しか知らない人、無名な作品しか知らない人がグラデーションの様に形成されるのではなく、二元的な関係になってしまいます。
それは良いとされる作品があまりに馴染みやすく、目を逸らされるような作品があまりに馴染みにくいからでしょう。
この分断はよくありません。 わかりやすいもの、わかりにくいもの、その両極の一方だけで世界を理解することなど不可能なのです。
ですから、この両極を結び付けるわかりやすくも、わかりづらい性格を持つ素敵な作品が必要なのです。
今回はそんな稀有な性格を持つ「FUJI」を紹介させていただきます!
https://youtu.be/xuQJSCDehqk?si=59H6_FT11mt1lwZ8
ポップスとロックの稀有なグラデーション「FUJI」
「FUJI」の音楽ジャンルは、ポップスとオルタナティブ・ロックに分類されます。
口ずさめてしまうほど耳馴染みの良いメロディ。
ジャキジャキとしたギターを中心として奏でられるバンドサウンド。
透き通っていて真っすぐとした伸びを持つ美しい男性ボーカル。
3つの要素が各楽曲の中で調和し、J-POP的な丸みを帯びながらオルタナ的な鋭さを有した稀有な音楽性を持っているのが「FUJI」です。 対極に位置するジャンルを横断した音楽性を「FUJI」は有しているのです。
その横断的な音楽性だからこそ「FUJI」の音楽は、単純なものではなく、豊かな感情が表現されています。 人間が本来的に有する矛盾——論理と倫理で嘘は駄目だと言っても、現実の社会生活では嘘を許容しているように——が、そこに伴う恥じらいや自罰感の様な有機的な情動が描かれているのです。
それは、あまりにも写実的な絵画のようです。
誰もが一目見て優れていると感じられる一方で、画面を凝視すれば筆遣いと色遣いとして画家の長年の技術が見いだせ、作品が作者の理屈と情動によって生み出されたものだと知れる。
その印象の衝撃性、その深みの底知れなさ。
純粋に作品として優れている「FUJI」の楽曲から2曲紹介させていただきます!
https://youtu.be/u7oXQ1CVodk?si=gesiyNxH7fefjjkW
おすすめ曲
pure
クリアなギターとベース、爽やかな涼風を思い起こさせるようなハミングから曲が始まり、この調和にアクセントを加えるようなギターノイズが混じり、クリーンなポップスサウンドと歪んだオルタナサウンドが絡み合ったイントロが特徴的な楽曲です。
イントロ後の展開はクリーンなサウンドが続きます。サビに向けたメロディの盛り上がりは、J-POP的で心地が良いです。
他方、サビでかき鳴らされる歪み切ったギターサウンドはオルタナ的です。 ですが、豊かなメロディの積み重ね・サビ自体のメロディの良さ・透き通ったボーカルの声によって、サウンド面ではオルタナ特有のジャキジャキ感が溢れているのにもかかわらず、曲全体として聴くと耳馴染みの良いサウンドになっています。
この構造は「pure」が終わるまで保たれます。その上で、曲終盤のセクションにはオルタナらしい爽快感と衝動性に溢れるギターソロが味わえるので、ポップスとオルタナの良い要素を両方味わえる楽曲となっています。
その上で「pure」は成熟の過渡期にある人間の内面の葛藤を描いています。
敏感な若者の感性、その感性がもたらす劣等感や無力感。 一人で抱えてしまう痛み。 けれども、自分を由来とする痛みであるからこそ自分で許すほかない。 自分を許す言葉を考えて、自分に投げかけて、自分を許そうと試みる。 だけれどやっぱり許せない。
そんな純粋すぎる葛藤が「pure」では描かれています。
https://youtu.be/YpuzT-_4iyk?si=2UYJat_Mywo2pJtt
-W A S T E D-
オルゴールの様なきらきらとした懐かしさを覚えさせるサウンドと調和するピアノの旋律、重みのある深い低音によって始まる美しい曲です。
楽曲を通してオルタナ的なサウンド展開が成されることは無いため(曲の最後で一瞬ガガッというギターの唸りが入りますが)、「-W A S T E D-」は完全にポップソング(バラード)と表現できます。 曲は切ないピアノサウンドを中心に進行し、ストリングスが途中で合流し、曲全体は映画音楽的な空気を帯びます。
この空気感によって「-W A S T E D-」は重みを持ち、曲全体の美しさがより深い美に変容します。
それは薄暗い展示空間に飾られた著名な彫刻か絵画、もしくはマットな質感の黒色が持つ深みです。
曲全体を通して描き出されるのは、人間の相互関係における苦しみです。
人は大切な尊厳を人との関係のために常にすり減らし続けます。
配慮という行為はそれをしている人に精神的な負担をもたらし、配慮されている当人もそれを自覚するのが常です。
それなのにもかかわらず、意図せず相手に配慮をさせ、相手に苦しみを与えてしまいます。この相互的な配慮という苦しみは互いを傷つけます。
そんな傷を負ってまで話して、関係を深めて、手を繋げるようになっても、相互関係に罅が一度でも入れば無に帰し、忘れ去られます。
そして関係が継続したとしても、人の中身を完全に理解することは困難で、やはり常に配慮という痛みを通す必要があります。
それでも、人は自らの魂に近いところへ相手に来てもらおうと、尊厳を配慮として削り取って相手と関わり続ける。
「-W A S T E D-」は、そんな人間のどうしようもない相互関係を美しいバラードによって描いています。
https://youtu.be/Ma31AoMJv4g?si=IOuhf-SK0023WcpX
道先案内
「FUJI」の音楽性は、ポップスとオルタナティブ・ロックの良いところをそれぞれ融合させた稀有なものです。
それぞれ対極にあるような音楽性を両方有した楽曲はどれも素晴らしく、聴きやすい上に爽やかで涼やかで美しいという性格を有しています。 またこの性格は、ボーカルの濁りのない歌声によって支えられると言っても過言ではないと思います。
ポップスの良さ、オルタナティブ・ロックの良さ、それらが統合する癖の少ない透明な歌声。
これらの調和によって奏でられる美しい響きを「FUJI」で味わってみてください。
https://www.youtube.com/@xclimaxangelx/videos
https://open.spotify.com/artist/2JDPvtZ89ZCsXAA340yQCW?si=IUuXNsfZSdSOu6YhPo2Y7g
https://music.apple.com/jp/artist/fuji/1560477145